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ついにウスワイアへ到着 アルゼンチンに入り、少し走ると道は再び舗装になる。アルゼンチンの道路の舗装状態は最高だ。追い風に乗って快調にとばせる。昨日、牧場に泊めてもらったことに味をしめて、今日も牧場に行ってみる。しかし牧場主の家らしいところでは断られて、「働いている人の宿舎が、牧場の外れにあるからそこで聞いて見ろ」と言われる。その宿舎では、部屋には泊めてくれなかったが、庭でキャンプをしてもいいと言われる。テントを張っているとおじさんが出てきて「俺の部屋に泊まって行け」という。テントをたたんでそこに泊めてもらう。牧場主の家は立派だが、牧場で働いている人々の宿舎はみすぼらしい。一見豊かそうなアルゼンチンにも貧富の差はある。
翌日はリオ・グランデの街に泊まり、さらにウスワイアを目指す。道の進
行方向が変わり、風が向かい風になってくる。さらに道が未舗装になる。その日、キャンプしているとキツネがたくさん寄ってきた。翌日、ウスワイアの手前に山があり、そこがきついと聞いていたが、あっけなく峠を越えてしまう。ついに昼過ぎウスワイアの街が見えてきた。高島さんと二人で記念写真を撮る。
ウスワイアは街の背後に氷河があり、海に面したきれいな街だ。ついに私にとっての自転車の旅のゴールに到着し、この街に住む日本人、上野さんの家に向かう。上野さんの家では別宅に旅行者を泊めてくれる。そこでチリのプエルトモンで会った瓢子(ひさご)夫妻と再会する。ペルーのクスコで会ったサイクリスト、松本さんも泊まってい
た。
南米の道はウスワイアから少し先のフエゴ島国立公園まで続いている。翌々日、やはり道の果てまで行っておかなければと、高島さんと二人で自転車で国立公園に向かう。国立公園ではカイケンという鳥やビーバーを見ることができた。
上野さんの家では巨大なタラバガニを食べさせてもらった。ウスワイアから南極へいくツアーが出ていると聞いていたので旅行会社へ行ってみるが、すでに今年のツアーはいっぱいだった。
高島さんは飛行機でブエノスアイレスに向かい、私はアルゼンチンの氷河国立公園のカラファテへ飛行機で飛ぶことにする。出発の日はすさまじい強風が吹き荒れていた。やっとの事で自転車で空港にたどり着いて飛行機を待ったが、強風のため飛行機が到着できないという。別の航空会社の便に変えてもらい、そちらは大丈夫だったので、その日の夜遅くカラファテに着くことができた。
ユースホステルに泊まり、翌日、ユースのツアーでペリトモレノ氷河へ行く。氷河の手前で全員手をつないで目をつぶり、ガイドの先導で進んでいく。そして目を開くと目の前に氷河が広がる、という粋な計らいもあった。このあたりは天気が悪いことが多いが、今日は快晴だ。氷河の青い色が美しい。絶
えずあちこちで雷のような音を立てて氷河のかけらが落ちている。
翌日はバスでエル・チャルテンの村へ行く。ここはフィッツロイ(チャルテン)山へのトレッキングの起点になる村だ。フィッツロイの麓をトレッキングする。今日も快晴で景色は最高。フィッツロイの麓でキャンプをする。翌朝、暗いうちから起きて、フィッツロイが朝焼けに染まるのを見る。この景色を見られただけでもこの旅に来た甲斐があったと思う。

カラファテからバスで1日半かけて、首都のブエノスアイレスに向かう。アルゼンチンはどこまで行っても草原が続く。この広大な草原でウシや羊を放牧し、作物を作っている。アルゼンチンは牛肉とワインの安い、食料の豊富な国だ。かつてはヨーロッパ向けの食料輸出でうるおい、世界有数の豊かな国だったと言う。
ブエノスアイレスはヨーロッパ風の大都会だ。巨大なバスターミナルに着いて、自転車でユースホステルに向かう。アルゼンチンは物価が高いのでユースホステルばかりに泊まっている。せっかく来たのだからと、有名な劇場に、名物のタンゴを見に行く。足の動きの早さと器用さはすばらしい。しかし私のような素人にはどの曲も同じような踊りに見える。久しぶりの大都会で疲れ、ユースホステルでも他の宿泊者がうるさくて、ゆっくり休めなかった。船でラプラタ川を渡り、対岸のウルグアイの首都、モンテビデオに向かう。