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チリ入国、アリカの街へ
ボリビアとチリの国境の峠を越えると標高4600mにある湖、チュンガラー湖が見えてくる。チリに入国し、その日はチュンガラー湖畔にある小さなホテルに泊まる。このあたりはラウカ国立公園とよばれ、富士山のような円錐系の山々やリャマ、アルパカの仲間で野生のビクーニャなどの動物が見られる。
翌日、小さなレストランで昼食を取って5000ペソ紙幣(約1400円)で払おうとすると「おつりがない」と言われる。「近所の店で替えてこい」と言われたが、近所の店は全て閉まっている。しばらくもめていると、トラックに乗ってきたおじさんたちが何人かレストランに入ってきた。その人たちに両替できるかと聞いてみたがやはりできないと言われる。しかしそのうちの一人が1000ペソ出して私の代わりに昼食代を払ってくれた。
道は下っていく一方かと思ったが途中にかなり登りもある。その日の夕方、後ろから自転車に乗った兄ちゃんが追いついてきて話しかけてくる。アドレアンと言い、ニュージーランドからここチリに移住して来たらしい。「腹が減った」と言うと「自分の家はレストランでこの近くだから来い」という。近くと言ってもそれから20キロくらい走ってやっと着いた。サンドウィッチやフライドポテトをごちそうになる。その日はそのレストランに泊めてもらった。翌朝早くアドレアンが「近くにあるインカの遺跡へ行って日の出を見る」と言うので一緒に行く。標高が高いので非常に寒い。どこまでも続く砂漠に、深い谷、ダイナミックな日の出だった。出発するとき、タダかと思っていたが、食事代をしっかり払わされる。
道はどんどん下っていく。一面の砂漠の中、谷底だけに一本の帯のように緑がある。高さが1m以上あるスギナの化け物のような草がたくさん生えている。
アリカの街に着くと、これまでの国との違いに驚く。街がヨーロッパ的で小ぎれいで、人もヨーロッパ系が多い。商店街も華やかで豊かな印象を受ける。おじさんに「何探しているんだ」と聞かれたので、「安いホテルを探している」と言うと、ホテルまで連れていってくれた。なかなか感じのいいホテルで、ホテルのお姉さんは美人で愛想がいい。
アリカから少し北に向かうとペルーとの国境で、ペルーのタクナの街まですぐだ。アリカから列車でタクナへ行ってみる。やはり「ペルー」という雰囲気でアリカとはかなり感じが違う。
チリ北部は世界一乾燥していると言われるアタカマ砂漠が続く。ペルーで砂漠を走るのはさんざん嫌気がさしていたので、チリ北部はバスで行くことにする。
アリカからイキケへ、イキケ郊外の岩山に描かれた地上絵等を見た後、カラマ、そしてサンペドロ・デ・アタカマへ。小さなオアシスの村で月の谷等の観光地への起点になっている。そこから、月の谷や、高温の蒸気を吹き上げるタティオ間欠泉、そしてアタカマ塩湖を見て回る。アタカマ塩湖はウユニ塩湖に次いで、世界第二位の大きさの塩湖だが、ウユニ塩湖と違ってゴツゴツしている。フラミンゴが多く見られる。
カラマからアントファガスタ、そしてラ・セレナへ。ヨーロッパ風のきれいな街だ。ラ・セレナからビーニャ・デル・マル(ビーニャ)へ行こうとしたら、バスの荷物室が一杯で自転車を乗せられないと断られた。ビーニャには「汐見荘」という日本人宿があり、年末、年始をそこで過ごそうと思っている。チリの首都、サンチャゴ経由で行くことにし、バスでサンチャゴへ。サンチャゴは古いヨーロッパ風の街だ。その日泊まったホテルに他に日本人の旅行者が一人泊まっていて、一緒にビーニャへ行くことになる。
翌日、サンチャゴのバスターミナルで、犬がこちらへ歩いてきた。と思ったらいきなり私の足をパクッと噛んで、またどこかへ行った。おそらく大丈夫だろうとは思うが、狂犬病の心配があり、狂犬病は発病すると致死率100%なので、病院へ行ってワクチンを打ってもらうことにする。昨日知り合った旅行者と二人で病院へ行き、ワクチンを打ってもらう。その後5日間、毎日病院でワクチンを打ってもらい、20日後と90日後にまた打ってもらうように言われる。ビーニャへ行って汐見荘へ行き、その後毎日病院に通うことになる。ワクチンは全てタダだった。
ビーニャは海岸沿いのリゾート地で、日差しは強いが、寒流が流れているので風が涼しく過ごしやすい。気候がよく、のんびりしてしまう。ビーニャには'97年の年明けまで2週間滞在した。エクアドルで最初にあった大貫さんともまた再会した。これで5回会ったことになる。サンチャゴへ行って、博物館を見たり、買い物をしたり、隣のバルパライソの街を見て回ったりして過ごした。年明けには花火大会をするというので、汐見荘に泊まっていたメンバーで見に行った。
ビーニャからチリを自転車で南下していく。徐々に緑が多くなって涼しくなってくる。途中何度か後輪のスポークが折れた。タルカの街でスポークの予備を買いに行ったら同じ長さのがなかったので、少し長いのを買って、曲げて使うことにする。「いくらだ」と聞くと「タダだ」と言われ、タダでもらった上に、店の名前が入った帽子もくれた。市場で、モテと呼ばれるアイスティーにアンズのようなものが入った飲み物を飲んでいたら、店の人に色々話しかけられて注目の的になる。ホテルのフロ場で滑って胸を打った。その後数日間痛くて、コンセプシオンの街で病院へ行く。犬に噛まれてから20日目で、ワクチンを打ってもらう必要があったためもある。レントゲンを撮ってもらったが骨に異常はないと言われ、痛み止めだけをもらった。
さらに南へ走り、テムコの街に着く。先住民のマプチェ族の末裔がこの近辺に住んでいるらしい。市
場でそれらしい人々を少し見かけた。テムコから、ビジャリカ湖畔のリゾート地ビジャリカの町へ、富士山のようなビジャリカ火山がきれいだ。ビジャリカの町でキャンプ場を探してうろうろしていたら、日本人で自転車で走っている人とばったり出くわした。高島さんと言い、1年半かけて自転車での早周り世界一周(バス、飛行機等も使い、途中を飛ばしながら自転車で世界一周する)中だという。考えているコースがほぼ同じなので、しばらく一緒に走ることにする。
ビジャリカからバルディビアへ、景色は北海道のようだ。途中車に乗ったチリ人の家族に止められて、一緒に写真を撮ろうと言われる。自転車で走っていると勝手に写真を撮られたり、止められてお菓子をもらったり、チリではこういうことが良くある。
バルディビアからオソルノへ、そこから進行方向を東に変え、アンデス山脈を越えて、アルゼンチンのバリローチェに向かう。アンデス山脈と言ってもこのあたりはそれ程険しくはなく、峠の標高は1300m程だ。しかし峠付近では未舗装になり、登りもきつく苦労する。前からやってきたアルゼンチン人のサイクリストたちと一緒に写真を撮る。険しい山々や澄んだ湖など、景色はいい。
アルゼンチンに入国してしばらく走るとナウエルウアピ湖という湖沿いに出る。景色は最高で、湖の水はそのまま飲めそうなほど澄んでいる。バリローチェは南米のスイスと呼ばれる、山と湖に囲まれたリゾート地だ。1週間ほど前にチリで会った、バリローチェに住んでいるというアルゼンチン人に、おすすめの宿を教えてもらっていた。ユースホステルのような相部屋形式の宿で、雰囲気がよく、ご主人はとても親切だ。1階が自転車屋で、ご主人に「自転車に悪いところがあるなら、タダで見てあげる」と言われる。最近スポークが頻繁に折れて困っていたので見てもらう。長めのスポークを使っていたところを、ちゃんとした長さのものに交換してもらい、ハンドルの調節もしてもらった。
チリ編2に続く。