南米自転車旅行記エクアドル編

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キトとオタバロの町

 エクアドルの首都、キトの空港は一国の首都にしては小さかった。キトの街は新市街と旧市街に別れており、新市街は思ったよりこじんまりしていて人もそれほど多くない。しかし今までの国と違って観光客らしい人が多く、インディオの血を引いているらしい東洋系の顔立ちをした人も多い。公園で売っているお土産も観光国らしく趣味の良いものが多い。
 旧市街は見事に古い街並みが広がっていて、市場はすごいにぎわいだ。市場をうろうろしていたら、人混みの中でおっさんがわざとぶつかってきて、財布をとろうと私のポケットに手をつっこんでくる。「こら!オッサン何すんねん」と日本語で言ってやるとどこかへ行った。旅行会社でガラパゴス諸島へのツアーを探す。3日後に出発する5泊6日のツアーが取れた。
 キトから北に30キロくらい行ったところに赤道が通っていて、記念碑が立っている。エクアドルというのはスペイン語で赤道という意味だ。赤道記念碑まで自転車で行き、赤道をまたいで写真を撮ってもらう。
 キトから北へ100キロくらい行ったところにあるオタバロという町までバスで行ってみた。この町にはオタバロ族といわれる人々が住んでいて、独特の衣装を身につけ、商才にたけていて世界各地にも商売に行くことがあるという。オタバロ族の女性はみな色とりどりの刺繍の入った白いブラウスに、黒いスカートとなかなかおしゃれだ。

ガラパゴス諸島へのツアーへ

 8月1日、ガラパゴスツアーに出発する。キトから飛行機でエクアドル最大の都市、グアヤキルへ。生鮮品が入っていないかチェックするのか、グアヤキルのターミナルで全員の荷物を犬に臭いをかがせてチェックされる。再び飛行機でガラパゴス諸島のバルトラ島へ。ツアーのメンバーは12人で私以外全員オランダ人。一人だけよそ者が紛れ込んでしまったようだ。
 ボートで対岸のサンタクルス島に渡り、バスでガラパゴスの中心プエルトアヨラの町に向かう。翌日からサンタクルス島を始め、5つの島をボートで回る。ガラパゴスでは生態系を守るため、町の中を除いて、必ずガイド付きで歩き、決められたルートから出てはいけない。動物に触れたり、餌を与えたりしてはいけない。島から島へは一切持ち込んだり持ち出してはいけない。例えば島を出るときは必ず靴を海水で洗い、砂などが付いていないようにしなければならない。
 ガラパゴスではほとんどの動物は人を恐れず、野生のイグアナやアシカ、めずらしい鳥たち等を間近で見ることができる。アシカなどは大群で砂浜にゴロゴロしている。海ではアシカと一緒に泳ぐことができる。ガラパゴスのガラパゴというのはスペイン語で亀のことだ。しかしガラパゴスの名のもとになったゾウガメは絶滅の危機に瀕していて、飼われているものしか見ることはできなかった
 私が行ったツアーは格安のエコノミーツアーで、いろいろとトラブルがあった。ホテルは湯は出なくてシャワーには海水が混じっている。食事は出てくるのにやたらと時間がかかる。サン・クリストバル島ではなぜかホテルに予約が入っていなくて、ガイドが走り回って代わりのホテルを探してくれた。船が小さくすごく揺れて、私は丸1日船酔いで寝ていた日があった。そして極めつけは、帰る当日になって帰りの飛行機が取れないからと帰るのが1日延びたことだ。非常にいい加減なツアーだったが、ガイドは英語が達者で優秀だった。そして見所は押さえてあり、多くの動物を見ることができたので私は満足している。

アンデス山中を走る

 キトに戻ってから自転車でアンデス山中を南下していく。キトから南に500km程行ったところにある街、クエンカまで連日激しいアップダウンで苦労する。その中で一番高い峠が標高3600メートル。エクアドル最高峰のチンボラソ山(6310m)の裾野を通る景色のすばらしいルートだった。運良く快晴に恵まれて、充分に景色を楽しむことができた。
 また途中、崖崩れで道が崩れてしまい、不通になっているところがあった。仮の道が作ってあったが、それが激しい登りの上に砂にタイヤを取られて全くこげないようなひどい道だ。自転車をひたすら押していく。近所の子供たちがよってきて一緒に押してくれて、いろいろ話しかけてくる。その子供たちもやがてどこかへ行ってしまった。その日は食料をほとんど持っていなかったので次の町まで行かなければならなかった。しかし夕方になってきて、このままでは着けないので車を止める。数台目でトラックが止まってくれて、次の町まで自転車ごと乗せてもらう。

植民地時代の街並みが残るクエンカ

 クエンカは植民地時代の中世ヨーロッパ風の街並みが残っている美しい街で、中心にある大聖堂が立派だ。新しい建物も、うまくそれにとけ込めるようなデザインにしてある。インディオの人々が多く、皆色鮮やかな衣装を着て、帽子をかぶっている。
 クエンカに着いた翌日から腹の具合が悪くなり、下痢になった。夜中に腹が張って苦しくなってくる。そして一気に、信じられないほどの量の下痢が出る。日本の薬は全く効かない。昼間は割と落ちついていて街中を歩き回るくらいのことはできるので、そのうち治るだろうと思い、1週間程ゆっくりしていた。しかし全く治る気配がないので、日本大使館に電話をかけて、この街に住んでいる日本人がいるかどうか聞いてみる。JICA(国際協力事業団、青年海外協力隊の派遣組織)の小松さんという人がちょうど今この街に来ているといわれ、連絡を取って会い、病院につれていってもらった。もらった薬を飲んだらあっという間に治ってしまった。
 結局クエンカに9泊して、再び自転車でペルー国境を目指す。クエンカは標高2500m。クエンカから30kmくらい行ったところで3000m程の峠を越え、そこから一気に海岸まで下る。景色は、短い草に覆われた高原から、乾燥地帯、そして海岸地帯の熱帯雨林へとめまぐるしく変わる。海岸付近には一面のバナナ畑もある。
 ペルーとの国境のワキジャスの町に着いて、ホテルに入ろうとすると、フロントで日本人の女性とバッタリ出会った。大貫さんといい、中南米を長期間旅行しているという。一緒に夕食を食べに行く。ワキジャスの町は町全体が市場のような変な町だ。スーツケースと電卓がトレードマークの、街頭両替屋(通称カンビオ)がたくさんいる。ペルーから多くの人が、物価の安いエクアドルに買い物にくるためだ。町外れに小さな橋があり、その向こうはペルーだ。エクアドルは治安は比較的良いが、明日からまた治安の悪い国に入ることになる。

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