南米自転車旅行記ペルー編2

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アレキパから伝統的な生活が今も残るチバイへ

 アレキパはグレーの石積みの建物が多い、なかなかきれいな街だ。市場の中の食堂街をうろうろしていると、食堂のおばちゃんたちに手を捕まれて無理矢理引き込まれそうになる。他の街にはなかった独特の料理がいろいろある。しかしアレキパの一番いいところはその気候だ。いつもからっと晴れて乾燥していて、しかし標高が高いので涼しくてすごしやすい。甫立さんはここからバスでチチカカ湖畔の街、プーノへ行って、戻ってきた後、自転車でチリに向かうそうだ。甫立さんと別れ、私はバスでコルカ渓谷へ行くことにする。
 コルカ渓谷はアメリカ合衆国のグランドキャニオンの2倍の深さがあるという渓谷で、コンドルが飛んでいるのが見られる。その渓谷もいいが、途中1泊したチバイの村が良かった。山奥の小さな貧しそうな村だが女性たちの衣装が凝っていてすばらしい。観光客は来ているのだが、その割に俗化されていなくていいところだ。
 コルカ渓谷へ行くバスで知り合った、アレキパに住んでいるという家族に、チバイの近くにある温泉につれていってもらう。その後、そのご主人の知り合いの旅行会社の人の車でアレキパまで送ってもらう。途中標高4500mくらいの高原で、リスみたいな動物やフラミンゴ等を見ることができた。ご主人は何かあったらここに連絡しろと住所と電話番号をくれた。

インカ帝国の首都クスコ

 アレキパから夜行バスでクスコに向かう。クスコにはペンション花田という日本人宿があり、そこへ行くと、リマの西海にいた人たちが何人か泊まっていた。エクアドルのワキジャスで会った大貫さんとは、西海に続いて、会うのは3度目だった。クスコはインカ帝国の都だった街で、インカ時代の石組みの上に植民地時代のスペイン風の街が築かれている。白い壁に赤い瓦屋根が続く全体に赤茶けたような感じの独特の街だ。クスコの街外れのサクサイワマンの砦跡を見に行っているとき、突然雹に降られる。標高が高い(3300m)ので天候が非常に変わりやすい。
 花田に泊まっているメンバー5人でインカ道トレッキングに行こうということになった。途中まで列車で行って、そこからインカ時代の道を2泊3日で、有名な遺跡マチュピチュまで歩く。途中にはたくさんの遺跡がある。しかし天気が悪くさんざん雨に降られ、景色もあまり楽しめなかった。インカ道はただの山道みたいな所もあるが、石畳で舗装してある所もある。インカ帝国の時代には、スペイン人が「自分たちの国にもこのようなすばらしい道はない」と驚いたような道が全国に張り巡らされていたという。丘に上がって突然目の前にマチュピチュが見えたときには感動した。空中都市といわれるとおり、急斜面の山の上にあり、実際に歩き回ってみるとかなりの広さだ。さすがに有名なだけのことはある。

クスコからフリアカへ、アメーバにやられ寝込む

 クスコから自転車でプーノをめざす。途中のシクアニの町から、道は未舗装になる。シクアニの町から少し行ったところに4300mの峠がある。登りは思った程きつくなかったが、道がひどい。でこぼこだらけで全くスピードが出ない。後輪のスポークが一度に4本折れた。後ろに重量がかかりすぎているのだろうか、これからが心配だ。途中、砂にタイヤを取られて必死で押さないと進まない所もある。このあたりの町はかなり物価が安い。ペルーの中でも一段と貧しそうだ。ホテルでも水道の水が出ない所が多い。ポマタの村を出ると急に舗装されたいい道になった。最近開通したようだ。その日は河原でキャンプする。川にはフラミンゴがいる。夜中に雨が降ってきてあまり眠れなかった。朝起きると地元のおじさんがやってきていろいろと話しかけてきた。そこから数時間走るとフリアカの街に着く。
 フリアカには日系人が経営するホテルサクラという所があると聞いていたので、そこに泊まることにする。レストランで昼食を食べ、体調が悪く疲れているようなので、ホテルに戻って休む。その夜、またすごい下痢になった。翌日、体がだるく熱もあるようなので、ホテルの人に「オーナーに会って話がしたい」と言った。ホテルのオーナーのキクガワさんは、この街で生まれた日系2世で日本語はややたどたどしい。キクガワさんの奥さんが食事などを差し入れしてくれた。
 薬を飲んでいたが良くならないので次の日、病院につれていってもらう。1日入院するように言われ、1日半ずっと点滴を打ちっぱなしだった。先生はインディオのおばさんだった。病室はいい部屋でシャワーも付いている。夜寝る前に、元気づけるために看護婦さんがアコーディオンを演奏して歌を歌ってくれた。すこし楽になったので「シャワーを浴びたいので点滴の針を外してほしい」というと、「針を刺したまま点滴のビンをさげて浴びてこい」と言われた。翌日の夕方、やや調子が良くなったのでホテルに戻る。しかし、その後4日間症状は回復せず、ホテルで寝ていた。さすがに心細く何度も日本に帰ろうかと考える。キクガワさんにお腹に詳しい先生がいると言われて連れていってもらう。お腹にアメーバがいると言われた。アメーバ赤痢らしい。そこでもらった薬を飲むとすぐに良くなった。どうもひどい道を走って疲れているところに、安いレストランで不衛生なものを食べたのがいけなかったようだ。

プーノに偶然お祭りの時に着く

 ホテルの人たちにお礼を言って自転車で出発する。半日ほど走るとチチカカ湖畔の街プーノに着く。チチカカ湖は標高3800m、汽船の航行する湖としては世界で一番高いところにある。
 プーノからチチカカ湖の島を巡るツアーに参加する。ウロス島はチチカカ湖に生えるトトラ(アシの仲間)を積み重ねた浮島だ。ただし私たちが上陸できるのは観光客用に解放されている島だけで、他の島には浮島の上に学校もあるらしい。タキーレ島やアマンタニ島では人々の昔ながらの生活を見ることができる。島の丘の上には神殿の遺跡があり、チチカカ湖の青い色が鮮やかだ。
 プーノに戻ると市政何十周年だかのお祭りをやっていた。アメーバにやられたおかげで、偶然ちょうどいいときに来たようだ。派手なドレスや、悪魔の格好、インディオの民族衣装を着た人々のパレードが1日中繰り広げられる。かなり大きなお祭りだった。
 チチカカ湖畔を走りボリビアに向かう。2ヶ月半いたペルーに名残を惜しみつつ、危険な国から出られることに少しほっとしながら。

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