これまでの海外旅行の記録
文章中の「−」は自転車での行程、「...」はバス、飛行機など自転車以外での行程
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バンクーバー...ジャスパー...バンフ...カルガリー...エドモントン...ホワイトホース... イーグルプレインズ...フォートマクファーソン...イヌビック...イーグルプレインズ...
ドーソン...ホワイトホース...ヘインズジャンクション...ホワイトホース...バンクーバー
初めての海外旅行。友人と2人で20日間の休みを取った。前半はバンクーバー、 カナディアンロッキーと、わりと普通の観光旅行。カナディアンロッキーでは地球上にこんな
きれいな所があるのかと言うくらい美しい景色だ。
後半は30時間続けてバスに乗りユーコン準州のホワイトホースへ、そこからレンタカーを 借りてカナダで唯一北極圏まで行ける道、デンプスターハイウエイを通り、北極圏の町
イヌビックまで走る。デンプスターハイウエイはダートの道が740km続き、周りには一面の ツンドラ地帯が広がり、夏にはスポンジのようなコケ類で覆われている。対向車がまさに地平
線の彼方から近づいてくる。点が少しづつ、本当に少しづつ大きくなってきて、すれ違うまで 数十分かかる。インディアンの村にも泊まった。夏だったので、白夜で一晩中昼間のように明
るかった。
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上海...烏魯木斉(ウルムチ)...吐魯番(トルファン)
...烏魯木斉...上海...北京...上海
海外の一人旅は初めてだった。上海から一気に飛行機で新彊ウイグル自治区の烏魯木斉へ。 ここまで来るとウイグル族が多く中近東のような雰囲気だ。予定ではここから吐魯番、敦煌、
と寄りながら鉄道で上海まで帰るつもりだった。しかし烏魯木斉の中国民航のオフィスへ行っ て、帰りの上海、大阪間の飛行機のリコンファームをしようとすると、「上海のオフィスでな
ければできない」という。電話でもだめらしい。「そんな無茶な」と思ったが文句を言っても どうしようもない。とにかく吐魯番へ行って、また烏魯木斉に戻ってきて、飛行機のキャンセ
ル待ちで一気に上海に帰った。帰るまであと数日あったので予定になかった北京に行って来た。
中国では何事も予定通りには行かない。また中国ではタフでないと生きていけないというこ とがよく解った旅だった。
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インバカーゴ − ラムスデン − クイーンズタウン...ミルフォードサウンド...クイーンズタウン −
クロムウェル − ワナカ − オマラマ − トゥワイゼル − マウントクック − テカポ...クライストチャーチ...オークランド
初めて自転車で海外を走る。ユースホステルやキャンプ場に泊まり、自炊をしながらの旅だっ た。
まず飛行機でニュージーランド最南端の町インバカーゴへ行き、そこから自転車で走り出す。 ニュージーランドは牧場が広がり、羊がたくさん居てまさに写真でよく見るイメージそのものだ。
しかし秋だったにもかかわらずかなり寒く日本の12月くらいの感じの気候だった。木々の葉が 黄葉しているのがきれいだった。クイーンズタウンから一日ツアーでミルフォードサウンドへ行く。
マウントクックではセスナに乗せてもらって氷河に着陸し、またトレッキングもする。クライス トチャーチまで走る予定がテカポを過ぎたところで変速機を壊してしまい、後はバスで移動する。
しかし人間が少なく自然が豊富でアウトドア好きには天国みたいな所だった。
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イスタンブール(トルコ)...カッパドキア...イズミール...エフェス...パムッカレ...マルマリス
...ロードス(ギリシア)...アテネ
イスタンブールはとてもおもしろい街だ。街のあちこちにモスク(イスラム教の教会)があり、 イスラム風の街が広がる。と思うとヨーロッパ風の所もあり、まさに文明の十字路と行った感じ
だ。
イスタンブールから現地のツアーに参加してカッパドキアへ。ここは昔、岩山に穴を掘って多くの 人が住んでいた所。クリスチャンがイスラム教徒に迫害されて地下深くまで穴を掘り、隠れ住んで
いたこともある。迷路のような洞窟では童心に帰って何日でも遊んでいられそうだ。
ギリシャ時代の遺跡があるエフェス、皿を並べたような石灰岩の温泉で有名なパムッカレと廻り、 港町マルマリスへ。そして高速船でギリシャのロードス島へ行く。ロードス島の旧市街は迷路の
ようだ。城壁に囲まれた石造りの街の中を狭い道が複雑に巡っている。ロードス島から飛行機で アテネへ、エーゲ海の1日クルージングに参加した。「きっと日本人が多いぞ」と思っていたら
何百人も乗っている船に日本人は私の他、夫婦が1組だけだった。
行き帰りにトランジットでシンガポールに立ち寄る。

クアラルンプール...ミリ(ボルネオ島)...ムル... ロングイマン...ムル...ミリ
環境保護団体の関係のメンバーで、今熱帯林の伐採が問題になっているマレーシアのサラワク州に行ってみようという話が出た。「サラワクの先住民の生活を体験してこよう」ということに
なり、現地の旅行会社に先住民の村に泊まり込むツアーを組んでもらった。先住民にもいろいろ な部族が居るが、サラワクで唯一の狩猟民族プナン族の村を選んだ。
目的地のムルは世界有数の巨大な鍾乳洞で有名なところ。洞窟の観光もした。天井まで百数十メ ートルの洞窟もあり、コウモリが多く住んでいる。熱帯林の中を歩き、そこに住む動物や植物の
多様性、そして熱帯林は鳥や虫の声で非常にやかましいところだというのがよく解った。そして そこは日本とは時間の流れ方が全く違っていた。日本に帰ってきた日、私はそのあわただしさに
頭がおかしくなりそうだった。

フランクフルト(ドイツ)...ライプチヒ − マイセン − ドレスデン − ピルナ − テレジン(チェコ)−
プラハ...ブルノ − イヴァンチツェ − ミクロフ − ウィーン(オーストリア) − ブラチスラバ(スロバキア) − コマロム (ハンガリー)
− エステルゴム − センテンドレ − ブダペスト...ウィーン
この夏ヨーロッパは異常気象だった。日中は40゚C近くまで気温が上がり、自転車で30分ぐらい走っていると頭がクラクラしてくる。ひとまず木の陰で少し休み、落ちついたらまた走り
出すというのの繰り返しだ。そのうち一番暑い2時から4時頃までは公園などで休んで、午前中 と夕方に走るようになった。
東ヨーロッパは社会主義時代の暗い雰囲気はなく、治安も西側より良いくらいだ。ただドイツ の旧西側から東側にはいると町の美しさに変わりはないが建物が煤けて真っ黒で、そしてそこら
中で建物の修復工事をしているのが目に付く。チェコでは言葉が通じないので苦労する。プラハ を除いてドイツ語が通じたら良い方でほとんどの人はチェコ語のみだ。ユダヤ人の収容所があっ
たテレジンや、アールヌーボーの画家アルフォンス・ミュシャの生まれた町、イヴァンチツェへ も行く。
チェコスロバキア時代、スロバキア側は後進地域といわれていたが、スロバキア側の方が建物 が近代的な感じがする。ヨーロッパはどこへ行っても古い町並みが美しいが、スロバキアはその
町並み保存の考え方がやや希薄なのかもしれない。もっともそれはヨーロッパの中で比べた話で あり、東洋のどこかの成金国家とは比較の対象にならないが。
ハンガリーは他の国と少し雰囲気が違い、英語も良く通じた。食べ物も違って、今回行った国の中でハンガリーが一番食べ物が美味しかった。
行き帰りにトランジットでシンガポールに立ち寄る。

釜山(プサン)−蔚山(ウルサン)−慶州(キョンジュ)−永川(ヨンチョン)−義城(ウイソン) −安東(アントン)−河回村(ハフェマウル)−店村(チョムチョン)−忠州(チュンジュ)−
利川(イチョン)−城南(ソンナム)−ソウル
韓国は車優先社会だ。車が日本並に多く、運転が非常に乱暴だ。自転車で街中を走ろうとするとほとんど命がけだ。特にソウルの街中は高架の道路が複雑に絡み合い、横断歩道もほとんどな
く自転車で走るのはほとんど不可能だ。走ろうとしても道路を横切ることができないので自分の 行きたい方向へ全く行けない。道の横を走っているとタクシーが客を見つけて急に寄ってくるし、
止まっている車は急発進するし危なくてしょうがない。あきらめてソウルは地下鉄と徒歩で廻る ことにした。義城の町で自転車に乗った子どもがはねられるのを見て、「明日は我が身か」と思
った。
しかし田舎は良い。河回村はかやぶき屋根などの朝鮮の昔の家が多く残り、とても落ちつける ところだ。なぜ河回村というのかは行ってみるとよく解る。川が蛇行してぐるっと回って半島の
ようになったところに村があるためだ。
食べ物は噂通り辛かったが美味しい。いまでもよく韓国の辛いキムチを食べたくなる。
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バンクーバー、ビクトリア、ナナイモ、バンクーバー、ウィスラー
仕事でカナダのバンクーバーへ行った。カナダは夏だというのに異常気象で寒いぐらいだった。
休みにバンクーバー島のビクトリアとナナイモ、そしてウィスラーへ行った。やはりカナダの景色は美しかった。
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成都(中国)...ラサ−ヤムドク湖−ギャンツェ...シガツェ...ラツェ...ティンリー...カトマンドゥ(ネパール)
チベットは、政治的な理由で中国が外国人の立ち入りを制限しているため、旅行するに成都などから現地のツアーに参加しなければならない。チベットに入った後、ツアーを抜けて自由旅行はできるのだが、自転車で走れるかどうかは日本では情報がつかめなかった。走れるかどうか分からないままに成都まで行ったが、自転車を持ってツアーに参加することは全く問題なかった。
ラサから走り出し、途中標高4400mにある青く美しい湖ヤムドク湖を見て、最高5045mの峠を越えギャンツェまでたどりついたが風邪をひいてしまい、シガツェまでバスに乗った。シガツェで1週間ほど滞在して風邪を治そうとしたがよくならずに、結局ツアーのランドクルーザーに便乗させてもらって車でカトマンドゥに抜けた。
旅行中チベットは天気が悪い日が多く、ラサでは毎日のように雨に降られヒマラヤの山々もほとんど見ることが出来なかった。幸い自転車で走っているときは天気が良く美しい景色を見ることができたが、思った通り走れなかったのが心残りだ。

バンコク(タイ)−アユタヤ−ナコーンラチャシーマ−ピマーイ−コーンケーン−ウドンターニ−ノーンカイ−ヴィエンチャン(ラオス)−ルアンパバーン
バンコクは高層ビルが建ち並び、おびただしい数の車がいつも渋滞している大都会だ。地方都市もわりと近代化されており、特に不自由なく旅をすることができる。幹線道路はかなり幅に余裕を持って作ってあり、暑さを除けば自転車での旅はしやすい国だ。遺跡などの見所も多い。
ラオスはタイを2、30年昔にタイムスリップさせたような感じで、首都のヴィエンチャンでも「これが一国の首都?」と思うような小さな田舎町だ。郊外に出ると水田が広がり、藁葺き屋根に竹で編んだ壁の家が点在しまるで昔の日本のようだ。ヴィエンチャンとラオスの古都、ルアンパバーン間は、絶好のサイクリングルートだ。ラオスの桂林と呼ばれる石灰岩の奇岩や、多くの昔ながらの村が点在し、多くの海外サイクリスト達が走っている。(最近外国人の乗ったバスが、何度かゲリラに襲われているようなので行こうという人はきっちり情報収集してください。2003年8月現在)途中の村々では子どもたちが皆「サバディー(こんにちは)、サバディー」と手を振ってくる。まさに素朴な田舎と言った感じだ。しかし途中の山々のアップダウンはきつい。最高1500mから300mくらいの間を何度も登り降りする。
またタイ、ラオスは食事がうまい。たしかに辛いのだが、慣れるとこれが病みつきになる。世界で食事のうまいところといわれると、やはり中国と東南アジアを挙げたい。まさに「食はアジアにあり」だ。

カサブランカ−ラバト−メクネス−フェズ...エルラシディア...メルズーガ...ティネリール...ワルザザート−マラケシュ...カサブランカ
モロッコは観光地へ行くと客引きがすごい。うろうろしていると勝手にガイドされ、店に連れて行かれていろいろなものを買わされ、最後にはガイド料を取られる。じゅたん屋のおやじなどもなかなかしつこく離してもらえない。アラブ人の気質だろうか、アラブ圏ではこういった国が多いような気がするがモロッコはとりわけすごい。
しかしモロッコの面白いところは、まず旧市街だ。フェズなどはほんとうにどこまでも続く迷路で、ホテルに帰ろうとして何度同じ所をぐるぐる回ってしまったかわからない。迷路の中をうるさい客引きをけちらし、無事目的地に到達するのは、まるでアドベンチャーゲームの世界だ。モスクなどの頭がおかしくなりそうなほどの細かい幾何学模様の装飾もすばらしい。
マラケシュの中心、ジャマ・エル・フナ広場も面白い。 いつも大道芸人が出ていて、夕方には多くの屋台が出る。しかしここも客引きがすごい。大道芸人は外国人と見るとすぐにチップをせびる。
旅行中かぜをひいてしまい、何とか最後まで大丈夫だったが、帰りの飛行機の中で悪化し、帰ってから数日寝込んでしまった。

フランクフルト...カールスルーエ...ブレーメン...ミュンスター...ボーフム...アムステルダム...ユトレヒト...ケルン...コブレンツ...フランクフルト
自転車政策先進都市について調べるためにドイツ、オランダへ行った。ドイツで一番自転車が使いやすい街と言われているミュンスター、そして世界で最も自転車環境の整備が進んでいる国、オランダのアムステルダム、ドイツの自転車団体ADFC(全ドイツ自転車連盟)そしてオランダのサイクリスト協会で通訳の方にもついていただいて、自転車政策の話を聞く。カールスルーエでは現地在住の松田さんに自転車でカールスルーエ周辺の面白い環境への取り組みが見られるところを案内していただく。
今回も自転車は持っていったのだが、人との待ち合わせがあるため長距離の移動は列車で、自転車はほとんど街中とその周辺を走るのだけに使う。ドイツ、オランダでは自転車はそのまま列車に積めるので便利だ。
自転車に事に限らず、ドイツ、オランダの住環境はすばらしい。住宅にしても、公園や道路にしても日本と全然余裕がちがう。本当に人々の暮らしやすさを中心に考えて政治が行われているためだろう。ルール地方のような工業地帯でさえも、何も知らされなければとても世界有数の工業地帯だとは思えない。緑が多くその中にこぎれいな街が点在している。日本と同じように敗戦国から復興してきたのにこれほど違うものだとは、日本はまだまだ精神の上では先進国になっていないのだと思った。
※この旅のレポートはこちらで見ることができます。

ヤンゴン...マンダレー−バガン...ヤンゴン
ミャンマーは軍事政権の人権侵害が問題になっており国連の経済制裁を受けているため、やはりものが少ない。バスなどはいつも大混雑。ヤンゴンは思ったより都会だったが、夜になると明かりが少なく暗い。少し都会から離れると竹で編んだ家で昔ながらの生活をしている。旅をするにもいろいろと制約があり、まともな地図もなく、外国人は外国人用のホテルに泊まらなければならないため、自転車での行動範囲は制限される。
しかし、そんなミャンマーの魅力は人の良さと素朴さだろう。マンダレー近くのサガインでガイドをしてくれたおじさんは、私がバガンまで自転車で走りたいと言うと、丁寧に道順を教えてくれ、途中まで自転車で一緒に走って案内してくれた。
バガンはまさに世界有数の仏教遺跡だろう。ミャンマー独特のデザインの寺院の遺跡が立ち並び、その数が多く広い範囲に渡っていてかなりの大都市だったことが偲ばれる。かつてここにあった街を想像すると、どんな魅力的な街だったんだろうと思う。

チューリッヒ−ルツェルン−サン・ゴッタルト峠−コモ−ミラノ...ベネチア−フェラーラ−ボローニャ−フィレンツェ−サン・ジミニャーノ−シエナ...ローマ
さすがにスイスはどこへ行ってもきれいだ。特に観光地でなくても多くの湖があり、険しい峰に美しい街。とても絵になる。自転車も盛んで、標高2000mを超えるような峠を、すごい人数の高そうなロードレーサーに乗ったおじさんたちがどんどん越えていく。ぼくなどは、かなりの荷物を積んでいるというハンディーはあるのだが、おなかの出たおじさんたちにどんどん抜かされてしまう。
イタリアは、どこの街へ行っても歴史的な街並みが残っていて、古い街の保存状態はおそらく世界一ではないかと思う。有名な水上都市ベネチア、車は入れず(自転車もだめ)交通は、モーターボートかゴンドラ。そして丘の上にある歴史都市シエナ。世界一美しい(ほんとにそういってもいい美しさだった)と言われるカンポ広場を中心に広がる街は、狭い道と急坂ばかりだ(だからみんなスクーターを使う)。住むにはさぞかし不便だろうに、そんな街を人々はしっかり保存し、住み続けてている。そしてイタリアでも自転車は人気がある。郊外ではやはり高そうなロードレーサーに乗った集団に良く出くわす。しかし、ローマなどは日本同様交通事情がひどく自転車が安全に走れるような状況ではない。しかしこの混沌がきっとイタリアなのだろう。