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旅行会社でイエメンへ行く飛行機について聞いてみると、一番便利なエジプト航空がエジプトのカイロ経由で、関空、カイロ間が週2便、カイロとイエメンの首都サナア間が週2便とのことだった。乗り継ぎが悪く、カイロで何泊かしなければならない。最初は2000年の1月1日に関空を出ることにしたのだが、2000年問題で1月1日の飛行機は欠航することになってしまい、1月3日に出ることになった。3日に出ると、次のカイロ、サナア間の飛行機は7日までないので、カイロで4泊しなければならなくなってしまう。おまけにカイロ、サナア間の飛行機が出るのは夜中の3時。「同じアラブ諸国の中でさえそんな冷たい扱いを受けているイエメンっていったいどんな国や?」と改めて思った。
関空からカイロまでは直行便で14時間。座りっぱなしで14時間はさすがに長かった。カイロは冬で、暑い国のイメージに反して、毎日曇っていて少し寒いくらいだった。街中はすごい人と車でごったがえしていて、車がやたらクラクションを鳴らすのでうるさくてしょうがない。またラマダン(断食)中だったので夜遅くまで人がたくさんうろうろしていて、朝方までうるさかった。イスラム教徒は毎年1回、1ヶ月間ラマダン(断食)の義務がある。ラマダン中は日が出ている間、食事をしてはいけないので、夜に3食食べる。それでみんな夜遅くまで起きていて、夜がお祭り騒ぎになってしまうそうだ。夕方、日が暮れる前にレストランをのぞくと、テーブルの前に人がずらりと並んで座って、食器も並べて、食事を待っている。確かに食べられることを神に感謝できるという効果
はあるのだろうけれど、ラマダン中は、かえって食べる量が増えてしまうらしい。
カイロのイスラム地区と呼ばれる旧市街を歩いてみる。モスク(イスラム寺院)がそこらじゅうにあって、市場になっている通りは多くの人でにぎわっている。古い建物が続き、ボロボロになって放置されている建物も多い。建てている最中の建物や、崩れかけの建物、古い立派なモスクや、貧しいスラムなんかが渾然一体となっていかにもエジプトのイメージにぴったりだ。
ツタンカーメン王の黄金のマスクや棺(ひつぎ)があることで有名なエジプト考古学博物館へも行ってみた。特にツタンカーメンの部屋はいつも観光客で混み合っているというので、朝一番に行き、まずツタンカーメンの部屋に向かう。黄金のマスクはさすがに立派なもので、かなり精巧な細工だ。棺も金箔が張られて、全体に細かい彫刻が施されている棺が、もっと大きな黄金の棺に入っていて、2重になっていたらしい。その外側の棺は、また精巧な彫刻が施された石の棺に入っていて、それがまたもっと大きな石の棺に入り、と何重にもなっていたようだ。それらが、ずらりと並べて展示されていた。この博物館には世界各国からツアーの団体が見に来ているようで、そこらじゅうでガイドが、いろいろな言葉で説明をしている。日本人の団体もたくさん来ていて、勝手に横についていけば日本語の説明も聞ける。
エジプトと言えばピラミッド。有名なギザの三大ピラミッドは、カイロの隣町ギザの郊外にある。カイロの中心部から20キロ足らずの距離なので自転車で行ってみることにする。
ピラミッドの中で最大のクフ王のピラミッドは、1日に中に入れる人数に制限があって、朝の9時と昼の1時にだけチケットが販売させるらしい。9時に間に合うように朝8前にホテルを出て、ピラミッドに向かう。カイロ中心部からナイル川を渡ればギザの街になる。隣町といってもほとんど1つの街だ。ギザからピラミッド通りと呼ばれる広い通りをまっすぐ走っていく。ギザの街のビルの向こうにピラミッドが朝もやにかすんで見えてくる。ピラミッドの周りは砂漠だが、この時期は曇っていて天気が悪いので遠くからだと少しかすんで見える。途中道をまちがえて結局9時には間に合わなかった。
ピラミッドを見て回っていると、おじさんが声をかけてきた。ピラミッドの周りにも昔の墓がたくさんあるが、それを案内してやるという。ついていくと鍵がかかっている墓のなかにも、鍵を開けて案内してくれ、英語で説明してくれる。「これはまずいガイド料をとられるぞ」と思っていると案の定最後に
バクシーシ(「施し」というような意味)を払えと言ってきて5ポンド払わされた。別
の墓も案内してやると言われたが、断って一人で歩いていくと、また別のおっさんが声をかけてくる。「ガイドはいらない、金はないよ」と言っても「金はいらない」と言ってついてきて、勝手に説明して、最後に「ガイド料じゃないバクシーシだ」などと言って金を要求してくる。ピラミッドの警備をしているらしい警官までが勝手にガイドをして金を要求してくるのだから始末が悪い。たしかに3大ピラミッドの周りにある普段は鍵がかかっている小さなピラミッドの中を見せてくれたりするのでありがたい面
もあるのだが、次から次へと寄ってきて金を取られるのでいいかげんいやになる。私は自転車で回っているので声はかけられなかったが、観光客をラクダに乗せてピラミッドを見て回るラクダ引きの客引きもすごいようだ。
カイロの周りにはギザ以外にも多くのピラミッドがある。その中の一つジュセル王の階段ピラミッドのあるサッカーラへも自転車で行ってみた。サッカーラへ行く途中は、砂漠の国というイメージに反して、椰子の木が生え一面
の畑が続き緑が豊かである。ナイル川の流域にはこのようは肥沃な土地が広がっているという。「エジ
プトはナイルの賜物」という言葉が実感できる景色だ。
途中の村では子どもが「ハロー」「ハロー」と声をかけてくる。片言の英語で「どこへ行くんだ」と聞いてくるので「サッカーラ」というと道を教えてくれる。サッカーラのピラミッドでもやはりガイドが寄ってきて勝手に説明して金を取られた。これだけはなんとかして欲しい。
帰りはカイロ市内に入るところで大渋滞にまきこまれる。カイロの車は運転が荒いので、こっちも負けずに車の間を縫って根性で走っていく。こうしないとカイロの街中を自転車では走れない。思わずアラブ人みたいに「インシャラー(アラーの意志のままに)」なんて唱えたくなってくる。それでもなかなか進めずにホテルについたときには日が暮れて暗くなっていた。