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カイロからサナア行きの飛行機は夜中の3時にカイロを飛び立った。客席はガラガラだったので水平飛行に入ると、乗客は皆、シートを横一列占領して寝転がって眠り始めた。やがて夜が明けて朝焼けの光の中、険しく荒涼としたイエメンの山々の壮大な景色が見えてきた。
サナアの空港に着き、入国審査も意外とあっけなく終わってしまった。大きな自転車を担いでいても何も言いわれなかった。
ターミナルを出るとやはりタクシーの客引きが寄ってくる。タクシーでサナアの街に向かう途中で周りの建物を見ていると、全てと言っていいくらいほとんどが、レンガ造りで窓の上に半円形のステンドグラスがはめ込まれたイエメン風だ。最近建てられたらしい新しい建物まですべてイエメン風になっている。「やはりこの国はただ者ではないな」と思いつつ景色を見ていた。
ホテルはマナカ・ツーリズム・ホテルと言って日本人旅行者がよく行く(イエメンにも日本人旅行者が良く来てるということだが)らしい安ホテルを選んだ。サナア新市外の中心、タフリール広場から歩いてすぐの所にある便利なホテルだ。これもまた古いイエメン風の古い建物だった。
さっそくホテルに荷物を置いて街に出る。旧市街の方に歩いていくと向こうから人が次々と歩いてくる。男の子は皆、真新しいジャケットを着て、女の子はきれいなドレスを着ている。そうだ今日はラマダン明けなんだ。イスラム圏ではラマダン開けはお祭り騒ぎになると聞いている。
タフリール広場にはたくさんの人が集まって、記念写真を撮ったりしていた。適当な子どもに「写
真をとっていいか?」と聞くと「スーラ(カメラ)、スーラ」と言って、たくさんの子どもが集まってきた。写
真を撮ってやると大喜びで、「僕も、僕も」と次々写真をせがまれる。そのうち大人も集まってきて写
真を撮ってくれと言う。ただ女の子はいやがってなかなか写真を撮らせてくれない。しかし、イエメンの女の子は皆かわいくて美人だ。「大人の女性もさぞかし…」と思うのだが残念ながら皆黒ずくめでベールをかぶっていて目だけしか見えない。次々人が寄ってくるので、適当なところで「終わりだ」と言って、旧市街の方に向かった。
サナアの一番の見所はやはり旧市街だ。レンガづくりの、高いものでは6,7階もある家がぎっしりと集まって建っている。全ての家の窓の上には、半円形のステンドグラスがはめ込まれていて、窓の周りには白い漆喰で飾り付けがしてある。まるでチョコレートに生クリームで飾り付けをしたお菓子の家みたいだ。旧市街だけでなく、新市街までほとんどこのデザインの家ばかりなのだから驚く。新市街と言っても日本人の感覚では「どこが『新』なんだ!」と思うような古い建物ばかりだ。
旧市街の狭い路地を歩き回りながら写真を撮っていると、子どもが「ハロー、ハロー」と声をかけてくる。「スーラ、スーラ」と写
真をせがまれる。撮ってやると大喜びだ。どこかの国みたいに金を要求されることもない。それどころか、写
真を撮ってやると逆に金を出そうとする子どもまでいた。
昼食を食べようと新市街に戻って適当な安食堂に入ると、前に座っていたおじさんが話しかけてきた。自分はイラク人でサナアで大学の英語の先生をしているという。が、その割には英語が下手だ。しかし、親切にイエメンの食べ物について説明してくれ、いろいろ料理を注文してくれた。
たまたまその横を日本人の旅行者が通りがかった。高野さんといい、彼はアラビア語を話す。私と同じホテルに泊まっているらしい。そのとき高野さんと一緒にいた青年はフワッドといい、ホテルの近所のレストランに勤めていて、高野さんは彼と二人でイエメンを回ってきたらしい。僕がイエメンを自転車で走ろうと思っていると話すと、高野さんは、今イエメンでは外国人がサナア近郊以外に行くときはツーリストポリスに行って許可証をとらなければならない、ということを教えてくれた。その上、今はラマダン開けで日本の正月みたいなものだから、ツーリストポリスはしばらく休みかもしれないということだった。それはまずい、許可証が取れないとサナア以外どこにも行けないことになる。その上ツーリストポリスが開いてからでも「自転車で走る」などと言えば許可証を発行してくれないかもしれない。とにかく明日の朝、開いているかどうかわからないがツーリストポリスまで行ってみることにして、その日は高野さんの誘いでカートを噛みに行こうということになった。
カートというのは軽い覚醒作用のある葉っぱで、イエメン人の男性がよく噛んでいる。噛んでいると気分が高揚して会話がはずむという。カートを噛みに入った店は中に台が並んでいて、その上でイエメン人の男性が集まって立て膝で座ってくつろいでいる。別
に会話をしているわけではなく、皆テレビを見ている。
カートは、私の感想では普通のその辺の葉っぱを噛んでいるみたいな感じだった。気分が高揚しているのかどうかはよくわからなかった。高野さんと僕は、高野さんはライター、僕はデザイナーでどちらもフリーで仕事をしていることや、NGOに関わっていることなどいろいろ共通
点があるようだ。また高野さんも僕もしばらく日本語を話していなかったせいもあり、会話ははずんだ。
翌日、朝からツーリストポリスに行ってみる。幸い開いており、「イエメンを自転車で走りたい」というと、「オーケイ、ノープロブレム!」と言ってあっけなくその場で許可証をくれた。高野さんの話では、普通
の旅行者でも許可証を取るのにだいぶ待たされたりするらしいということだったので、よっぽど運がよかったのかもしれない。
その日の昼過ぎ、旧市街で最も高い建物の一つ、オールド・サナア・パレス・ホテルの屋上からの景色を見てみようと、高野さんと行ってみた。ホテルに泊まっていなくても、お茶さえ飲めば屋上に上がらせてもらえるらしい。屋上からの景色はやはりすばらしかった。四方どちらを見ても、どこまでもイエメン風の古い街並みが続く。これだけの規模で古い街並みが残っているところは世界でもほとんどないだろう。
夕方、タフリール広場で、昨日一緒に写真を撮ったイエメン人が、その写真をくれた。僕が写
真を撮らせてもらったときに、彼らのカメラで、彼らと一緒に僕も入って撮ってもらったものだった。とくに金は要求されなかった。

翌日は、自転車でサナア郊外の観光地、ワディ・ダハールへ行ってみた。ワディというのは枯れ川のことだ。サナアから行くとワディ・ダハールに入る手前で、丘の上から谷を見下ろすところがある。イエメン人達も遊びに来ていて、僕が景色を見ていると、彼らが食べていたスイカとゆで卵をくれた。
谷に下って、最初の村ではジャンビーアダンスをしていた。ジャンビーアダンスというのは、イエメン人の男が皆刺している剣、ジャンビーアを持って何人かで踊るダンスだ。僕が見ていると、一緒に踊ろうといわれた。ジャンビーアを貸してもらって、見よう見まねでいっしょに踊る。
ワディ・ダハールの一番の名物はロック・パレスだ。岩の上「よくぞこんな所に、」と思うような所に、やはりイエメン風の宮殿が建っている。中はまるで迷路のようだ。ラマダン開けの休み中なのでイエメン人もたくさん観光に来ていた。