その4

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バスのチケットで一苦労

 アデンは1つの街ではなくていくつかの小さな街の集まりだ。泊まっていたのはバスターミナルのあるシェイク・オスマンで、中心部のクレーター地区までは4キロほどある。アデンに着いた翌日クレーター地区まで行ってみる。アデンはイエメンの他の街と違って古い建物がほとんどない。コンクリートのパッとしない建物ばかりで、どうも面白みがない。クレーター地区も小さな街だった。イスラム圏の休日の金曜日に行ったせいもあるだろうが人も少なく「これが、首都だった街?」という感じだった。
 今回の旅は、イエメン東部の街、サユーンまで行く予定だが、アデンから先は砂漠が続き距離もかなりあるので、時間の都合からもバスを使う予定だ。昨日の夜、ホテルの守衛のおじさんから、ムカッラ行きのバスのチケットは午後3時から売り出されると聞いていた。サユーンに行くには、まずムカッラまで行って、乗り換える必要がある。
 クレーター地区から戻り、ホテルで少しうとうとしていて気が付いたら3時を過ぎていた。急いでバス会社の事務所に行ったが、もうチケットは売り切れたという。そこに同じようにチケットを買いに来ていたイエメン人の兄ちゃんが、別のバスがあるから行こうという。そこのバス会社に行ってみると5時に開くらしい。隣のレストランで兄ちゃんといっしょに待つ。彼は英語を少し話し、アデンで地理を勉強しているそうだ。5時前になるとバス会社の前に人がたくさん集まりだし、開くと同時になだれ込む。なんとかチケットを買って、自転車は積めるかと聞いたらだめだと言う。兄ちゃんが言うには分解すれば大丈夫とのことで、その後、ホテルまで付いてきて「自転車を持ってきて」だとか「タイヤを外して、袋に入れろ」だとか、いちいち指示してくれる。その通りに自転車を分解して袋に詰めた。彼は親切でしているんだろうが、自転車の分解の仕方なんて僕が一番よく知っているのだからちょっとおせっかいだ。自転車の荷造りが終わったら50リアル(リアルはイエメンの金の単位)くれと言われた。たいした額じゃないしいろいろ親切にしてもらったのであげたが、どうもそのへんの思考回路がよくわからない。

親切な2人

 翌日は朝早く、暗いうちからバスターミナルへ。バスはイエメンではめずらしいベンツ製の最新型だ。昨日の兄ちゃんと、そのお父さんとお兄さんとその友達という人が来ていた。いっしょにバスに乗ったのは、お兄さんとその友達だけ。昨日の兄ちゃんはその2人のためにチケットを買いにきていたようだ。彼ら2人はサユーンの近くの街まで里帰りらしい。
 アデンからムカッラまでバスで12時間。バスは何時間かおきに小さな食堂とモスクがあるところに泊まって、客は皆食事をしたりお祈りをしたりする。お兄さんとその友達は英語はほんの片言しかできないので、僕とはほとんど会話は成り立たないのだが、何度か食事をおごってくれた。僕の方が金持ちだということはきっと知っていると思うのだが…。ムカッラに付いてからは、ホテルを探してくれた。彼らも泊まるのかと思ったら、「別の所に泊まるから」と行ってしまった。夜に、またホテルにやってきて「遊びに行こう」と言われ、食事をしたり、いっしょにビリヤードをしたりした。その後、サユーン行きのタクシー乗り場を教えてくれ、ホテルまで送ってくれた。とても親切な2人だった。

アラビアンナイトのような世界

 翌朝、自転車でムカッラの旧市街へ行ってみる。アデンとちがって古い街並みが残っていていい感じの街だ。タクシー乗り場に行くと、サユーン行きの乗り合いタクシーはすぐにつかまった。タクシーは砂漠の中を走っていき、途中から急坂を上り、また、平坦なところを走っていく。突然谷の中に下ったかと思うと、道の両側に一面椰子の木が生えていて、シバームを小型にしたような日干しレンガの家が並んでいる。そこがワディ(枯れ川)・ハダラマートだ。車は谷底を延々走っていく。途中にはいくつも村がある。建物はすべて日干しレンガでできていて、四角い独特のデザインだ。まるでアラビアンナイトの世界にまぎれこんだような景色が続く。やがて前方に町自体が一つの建物のようなシバームが見えてくる。今日はこの少し先のサユーンまで行って泊まる。
 サユーンはこの地方の中心の町だが小さな町だ。建物はやはり日干しレンガで出来ていて、中心にはやはり日干しレンガで出来た王宮があり、今は博物館になっている。展示自体はたいしたことなかったが、屋上からの眺めはよかった。
 乗り合いタクシーでシバームへ行く。シバームもまたワディ・ハダラマートの谷底にある町だ。谷の上まで登って上から見下ろしてみようと歩いていくと、子供2人とおじさん2人がついてくる。途中から道を案内してくれた。急な道を崖の上まで登る。シバームの眺めがいい。何度見ても独特な建造物だ。おじさんが変わった笛を吹いてくれた。おそらくこの地方の楽器だろうが、おもしろい音がする。どこかで見つけたら買って帰ろうと思う。崖を降りたあと案の定ガイド料を取られた。でも、あのおじさん達がいなければ登れなかっただろう。
 シバームの町中を夕方までうろうろする。町中にはヤギがたくさんいてヤギの小便臭い。しかし日干しレンガの高層ビルは何度見てもすごい。そしてそこに人々が普通に暮らしているのだから。
 夕方、再び崖の上に登って、夕日に染まるシバームを見る。
 翌日はタリムの町へ行ってみた。かつてここは、イエメンでのスンニ派イスラム教の中心だったそうで、多くのモスクや宮殿などがある。それもまた日干しレンガで出来ていて、凝った装飾の建物なのだが、ほとんどほったらかしの状態で、ボロボロになっている。宮殿は博物館になっているのだが大した展示はなかった。

再びサナアへ

 サユーンからサナアへの帰りは、飛行機で一気に飛ぶ。女性は皆顔を隠しているイエメンの中で、飛行機のスチュワーデスだけは、顔を出していた。
 サナアでは再びマナカ・ツーリズム・ホテルへ。日本人の旅行者が2人泊まっていた。イエメンのようなマイナーな国でもここはたいてい日本人が泊まっているようだ。お土産にぜひジャンビーア(イエメン人の男性が皆刺している剣)を買いたいと思い、市場に行く。ジャンビーアを売る店がたくさん並んでいる。普通のジャンビーアは銃刀法にひっかかり日本に持ち込めないので、小さいのを探して買ったが、大きいものでもお土産用の場合は刃を途中で切ってくれるようだ。
 イエメンを回った後で見てもサナアの旧市街は規模といい、保存状態といい最高のようだ。独特の街並みに独特の文化が残る世界的に見ても貴重な国、しかし数十年前までの日本もそうだったのではないかという気がした。全く違う文化の国ながら、日本の事を考えさせられた旅だった。もちろん女性が虐げられているといった直すべきところはあるにしても、イエメンの独自の文化は大切にしていって欲しいし、日本もまた、独自の文化は守っていかなければいけないと思わされた旅だった。
 

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